Fides, ut anima, unde abiit, eo numquam rediit.〜信頼は、魂と同様に、立ち去った場所に二度と戻らない〜
登場人物
天野翔也:主人公、近衛家に仕える西洋魔術師。
桜咲刹那(幼少):神鳴流の幼き剣士。
近衛木乃香(幼少):近衛家の令嬢。潜在的に強大な魔力を持つ。
近衛詠春:近衛家の現当主。
青山鶴子:神鳴流最強の剣士。
男:反呪術協会の一員。
今より少し昔の話……。京都のとある屋敷で起こった出来事。
僕の目の前には手まりで遊ぶ少女が二人。僕はそれを見ている。
「お嬢様行きますえ」
髪の毛を横にくくった少女が手まりを投げる。彼女の名前は確か桜咲刹那、神鳴流という剣術の流派に属している少女だ。
「やん、お嬢様なんて言わんでー」
笑顔で手まりをうけとる髪の長い少女。彼女は近衛木乃香、僕が仕えている近衛家の一人娘だ。
楽しそうに遊ぶ二人を見ていると僕もなんだか楽しい気分になっていた。
そのときだった、木乃香の投げた手まりが予想以上に飛んで僕の所まで転がってきた。
「あっ、せっちゃんゴメンなー。翔ちゃーん、取ってくれるー?」
「はい、いきますよー。それっ」
そう言って僕は手まりをつかんで投げる。それを刹那がキャッチして僕に言った。
「どうも、ありがとー。翔也ちゃんも一緒に遊ばへんの?」
「そーやー、翔ちゃんも遊ぼうやー」
笑顔で二人が僕を誘ってくれる。でも僕は近衛家に恩がある身、決して木乃香と対等になど接してはいけないのだ。
「いえ、自分はお嬢様の護衛ですので」
笑って僕はやんわりと断わった。すると木乃香が頬を膨らませて言う。
「えー、いっつもいっつも翔ちゃん、そんなことゆーて遊んでくれへんやん」
「すいません…」
僕が深く一礼をすると二人は、残念そうな表情を浮かべた後、遊びを再開した。
「これでいいんだ…これで…」
僕は静かにそうつぶやいていた。
しばらくすると、背後からいきなり声が聞こえてきた。
「翔也君、別にいいのですよ?気にせず遊んできなさい」
その声はよく知っている。近衛家当主、近衛詠春さまだ。僕は振り向き頭を下げた。
「これは…詠春さま。いえ、僕は…西洋魔術師ですから…身分も立場も違います…」
「まだ…気にしているのですか?いくら君が西洋魔術師でも君は近衛家に仕えているのだから近衛家の一員なのですよ?」
「……ありがたいお言葉ですが…やはり…僕はまだ…」
「…フム…そうですね。ゆっくりと時間をかけるのも良いでしょう。ではこれで……」
「きゃぁぁああ!!」
話が終わろうとしたその時だった。少女の悲鳴が耳に飛び込んでくる。
「この声は…お嬢様?!」
「翔也君!行っておあげなさい!」
「はい!」
僕は声の聞こえたほうに全力疾走した。やがて見えたのは、1匹の小さな野犬と木乃香を守るように竹刀を持って対峙していた刹那の姿だった。
「…これは…くっ、仕方ない…」
僕はつぶやきながら小さな練習用の杖をとりだした。刹那の竹刀が犬に振り下ろされる瞬間を見計らって…
「プラクテ・ビギ・ナル…魔法の射手・光の1矢!」
威力を最低限おさえたサギタ・マギカを竹刀が犬にヒットする間に放たれる。野犬はサギタ・マギカをくらって昏倒した。木乃香からみれば刹那が守ったように見えただろう。
「せっちゃん、ホンマ、ありがとうー」
「えっ…ウチはなんも…あう…ううん、どういたしまして…」
刹那は釈然としないようだったが笑顔の木乃香を前にうなずいていた。
「ふぅ…なんとかなったか」
僕は、そうつぶやいて、そっとその場を後にした。
数日後の夜のこと。この日は刹那が近衛家に泊まっていくことになり、木乃香ははしゃぎ疲れて刹那と寝ていた。
僕はそれを見とどけた後、自分の部屋に戻ろうとした。そのときだった。異様な魔力の波動が屋敷全体を覆っていく。
僕はなんともいえない不安感に体を動かされ、走っていた。自分の部屋に戻りタンスの奥にしまってあった実戦用の杖を取り出す。そこに声がかかった。
「翔也君、気づいていますね?この明らかに悪意のある魔力」
「…はい。ですから自分はお嬢様を守りに行きます」
僕は強く自分に言い聞かせるようにうなずいた。
「気をつけなさい。関西呪術協会で私に従わない者の仕業かもしれない…」
「はいっ!」
僕が返事をすると詠春さまは少し考え込むようにつぶやいた。
「しかし、よりによって人材を出払っているこんなときに…」
「詠春さま、もしもの時は神鳴流の鶴子さんを応援に呼びましょう」
「…そうするしかないですね…では翔也君、気をつけて」
そういうと詠春さまは母屋のほうに走っていく。僕は杖を握り、木乃香と刹那が寝る部屋に駆け出した。もうすぐで、部屋にたどり着くという時だった。庭のほうから妖気が上がる。
「何?!こんなところになぜ餓鬼どもが?!くっ…!」
庭から十数匹の餓鬼が召喚され、こちらに向かってくる。僕はすばやく呪文を唱えた。
「アル・カナ・オ・ルカナ・ウェスタスト………光精召喚・槍を執る戦友………我が敵を貫けぇ!!」
僕は光精を召喚し餓鬼に放った。光精たちが餓鬼を次々と貫いていく。
「この隙に…!!」
僕は再び走り出し、木乃香と刹那が寝ていた部屋に転がり込んだ。そこには召喚されたのだろう、鬼が2匹とそれに対峙する刹那がいた。
「刹那ぁ!ふせろぉ!」
「?!」
僕の叫び声に刹那ははっと気がつき、ふせる。僕はすかさず呪文詠唱をする。
「アル・カナ・オ・ルカナ・ウェスタスト……風の精霊15人。集い来たりて、敵を射て!魔法の射手・連弾・雷の15矢!!」
サギタ・マギカを鬼に放った僕は、すばやく刹那のところに行く。
「刹那さん、怪我は?!」
「しょっ、翔也ちゃん、西洋魔術師なん?」
「今はそんなことより!!大丈夫?」
「う、ウチは大丈夫やけどこのちゃんが…」
そういえば、木乃香が見当たらない。僕は部屋を見渡してみたが木乃香はいなかった。
「刹那さん、お嬢様はどこに?!」
「さっきいきなり入ってきた人に連れて行かれて…ウチ、追おうとしたら、鬼が…」
今にも泣き出しそうな刹那の背中を優しくなでてから僕は立ち上がった。そして、弱っている鬼2匹にもう一度サギタ・マギカを放ち、倒す。
「刹那さん、お嬢様を助けに行くよ?」
「うん…ウチがこのちゃんを守らなアカンもん」
刹那は持ってきていた竹刀をとって強くうなずいた。
「たぶんその男は、反呪術協会の者だ。おおかたお嬢様の魔力が目当てだろうが…何か勝算がないと……まさか!?」
「どうしたん?翔也ちゃん」
刹那はきょとんとしてたずねてくる。僕は、不安を隠すように刹那に言った。
「その男は…リョウメンスクナノカミを復活させようとしているのかもしれない…」
「リョウメンスクナノカミ?」
「とにかくやばい化け物さ!急ごう!!」
そう言って僕は刹那の手を引き走り出した。リョウメンスクナノカミが封印されている祭壇へと…。
二人で祭壇に向かう道を走っていたその時、またもや召喚された餓鬼が襲ってくる。僕は杖を構え呪文を唱えようとした。その時、刹那が僕に声をかける。
「翔也ちゃん、ここはウチがやる…ううん、やらせて!」
竹刀を構え餓鬼を見据える刹那。僕は優しく刹那の肩をたたいて言った。
「じゃあ、頼むよ。刹那さん。でも危なくなったら僕がフォローするからね」
「うん、ありがとう」
刹那は僕に微笑みかけた後、大地を蹴って餓鬼の群れに突進していった。餓鬼は一斉に刹那に群がる。しかし、刹那から恐れは感じられなかった。
「神鳴流、秘剣 百花繚乱!!」
僕は刹那が餓鬼の群れの中心で剣の舞を踊るのを見た。餓鬼が一瞬のうちに吹き飛ぶ。
これが、魔を討つために組織された掛け値なしの力を持つ戦闘集団、京都神鳴流の技…僕は心の中で魅入ってしまっていた。
その時、餓鬼をすべて倒し終えた刹那が、僕を見て叫ぶ。
「翔也ちゃん!後ろ!」
僕がその声につられ後ろを見ようとした瞬間、僕はすごい力に跳ね飛ばされた。魔法障壁を展開していたので何とかなったものの危なかった。
「翔也ちゃん、大丈夫?!」
刹那は心配そうに僕に駆け寄ってくる。僕はすぐに起き上がり、僕に攻撃した敵を見据えた。そこにいたのは鬼だった。
「アル・カナ・オ・ルカナ・ウェスタスト……ウンデキ…」
僕が詠唱をしている時だった。いきなり、鬼が目の前から消失する。変わりにそこにいたのは詠春さまだった。
「翔也君!刹那君!無事ですか?やはり、敵の狙いはリョウメンスクナの復活なのだね?」
詠春さまは僕と刹那に語りかけてくる。僕は小さくうなずいて言う。
「はい…おそらくは…自分が先に行きますから、この状況では早く式紙で鶴子さんを呼ぶしか手はありません!」
「わかりました…あまり無理をしてはいけませんよ!」
「はいっ!行こう刹那さん!」
「うんっ!」
走り出す僕ら二人。祭壇までやってきたそのとき、膨大な魔力の奔流が天に向かってあがる。その中心に木乃香と男が立っていた。男は熱心に呪文を詠唱している。
「お嬢様!!」
僕は叫んだ。木乃香はそれに気づいて涙ながらに助けを求める。
「翔ちゃん!せっちゃん!助け…」
しかし、木乃香の叫びは男によってさえぎられる。なおも男は詠唱を続けていた。
「くっ…間にあわない!」
「どうするん?!このちゃんが…」
刹那が、涙混じりに聞く。
「刹那さん、さがって!」
刹那を後ろに追いやって僕は、遠距離の呪文を詠唱する。
「アル・カナ・オ・ルカナ・ウェスタスト……闇夜切り裂く一条の光、我が杖に宿りて、敵を喰らえ。白き雷!!」
名のとおり白い雷が祭壇にいる男に向かって放たれる。
「ぐおっ?!」
男に魔法がヒットし苦しんだ声をあげる。
「やったか?」
魔法障壁に威力を弱められたものの男の詠唱を止めるのには十分だった。
しかし、半分術式が完成していたのか人型サイズの魔物が召喚されていた。術式が不完全とはいえ、リョウメンスクナが復活してしまったのだ。
リョウメンスクナは強大な妖気を放ち、僕のほうへ近づいてくる。僕は持っている最大の魔力を振り絞って唱えた。
「アル・カナ・オ・ルカナ・ウェスタスト……来たれ雷精、光の精。雷を従え轟け光の波動。光の奔流!!」
光と雷の魔法がリョウメンスクナを襲う。が、リョウメンスクナが片手を振ると僕の魔法がヒット直前で掻き消えた。
どうやら僕の今の魔力では到底かないそうにない。力の差は歴然だった。リョウメンスクナはゆっくりと僕に向けて歩み寄ってくる。
やられる……そう思った瞬間、背後から声が聞こえた。
「神鳴流奥義、斬魔の太刀や。喰らっとき」
凄まじい剣波がリョウメンスクナを強襲する。リョウメンスクナは剣波をくらって動きを止める。
「危なかったなぁボウヤ。まぁウチが来たからにはまかしといておくれやす」
声の主は鶴子さんだった。僕の前に立ち、刀を構えリョウメンスクナに向かっていく。
「これでしまいや。神鳴流奥義、百烈桜華斬!」
鶴子さんが放った剣の一閃はたやすく、リョウメンスクナを調伏した。
こうして、この事件は幕を下ろしたのである。
〜翌日の早朝〜
「翔也君、いってしまうのかい?」
詠春さまが荷物も持って出て行こうとする僕に声をかけた。
「はい、お嬢様と刹那さんに西洋魔術師だと知られてはもうここにいることはできませんから………」
僕は詠春さまから目をそらし言った。詠春さまはそんな僕に諭すように聞いてくる。
「しかし、二人の昨晩の記憶はすべて消したのではないのかね?」
「はい、それともう僕に関する記憶すべてを消しました。お嬢様を自分だけで守ることができなかった僕はもう…お嬢様のそばにいる権利はありませんから」
詠春さまはそれ以上何も言わなかった。ただ、温かい手が僕の頭をやさしくなでる。よくがんばった、と。僕は一礼して歩き出す。
こみ上げてくる嗚咽を抑えながら…。行くあてのない長い、長い旅がはじまった。
〜完〜
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